琉球王国のグスク及び関連遺産群!沖縄の歴史と9つの構成資産を解説!

日本の世界遺産は23件あります。
その中でも今回は沖縄の世界遺産の

琉球王国のグスク及び関連遺産群
9つの構成資産沖縄の歴史を解説していきます。

琉球王国が日本になるまでの歴史を知ると、
「琉球王国のグスク及び関連遺産群」が

世界遺産になった内容がスーッと入っていきますので、
是非この記事を見てください。

旅行前に見ればより充実な
沖縄旅行を楽しめること間違い無しです!

琉球王国のグスクおよび関連遺産群

沖縄本島南部を中心に点在する9つの遺産群
が世界遺産に登録された関連遺産群になります。

遺産群リスト

1今帰仁城跡(なきじんじょうあと)
2座喜味城跡(ざきみじょうあと)
3勝連城跡(かつれんじょうあと)
4中城城跡(なかぐすくじょうあと)
5首里城跡(しゅりじょうあと)
6園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)
7玉陵(たまうどぅん)
8識名園(しきなえん)
9斎場御嶽(せーふぁうたき)

9つの関連遺産群を
語る前に、

沖縄の歴史を知れば、
より知識が豊富になり

話のネタにもなると思うので、
是非沖縄の歴史をご覧ください。

沖縄の歴史

かつて沖縄は、日本とは別の
琉球王国という国でした。

中国やマレーシアとの貿易が盛んで、
とても栄えていたとされています。

その沖縄の歴史を
12世期のグスク時代から現代の沖縄まで
超簡潔にお伝えしていきましょう。

グスク時代(12世紀)

農業が盛んに行われた琉球王国では、
農業の良し悪しで
上下関係が生まれました。

そこで成功した有力者達が、
按司(あじ)
呼ばれるようになりました。

その按司達が、
グスクを築いていきました。

グスクって何?

ジェイ
ジェイ
貴族達が住むお城だよ!

なんでお城を建てたの?

ジェイ
ジェイ
そりゃ支配力を高める為さ!

三山時代(1322-1429)

按司達が増え、勢力争いを
するようになりました。

そこで3つの派閥が生まれ、
北山中山南山三山
分類されました。

それを三山時代と呼びます。

琉球王朝時代(1429-18世紀)

第一尚氏王統が始まります。

按司の中でも異彩を放つ
南山エリアの1人の按司が

武力で3つの派閥を統一し、
首里城を都市とする、
琉球王国を作り上げました。

それを成し遂げたのが、
尚巴志です。

ここから琉球王国450年
歴史が幕を開けます。

ジェイ
ジェイ
尚巴志王は親孝行もできる優しく強い武人であったとされるんだぞ!
中国や日本、マレーシアとの貿易を盛んに行ったのも尚巴志王なんだ!

1469年になると尚巴志血族の王朝が終わって、
官僚であった金丸が王となり、
第二尚氏王朝が始まります。

そこで王を埋葬する
墳墓であり、世界遺産にも登録された
「玉陵(たまうどぅん)」
「園比屋武御嶽(そのひゃんうたき)」
造られたり、

三線、舞踊等の今の沖縄に
精通する文化が築かれました。

近世琉球時代から沖縄へ(18世紀~)

江戸幕府の時代、
徳川家康が琉球王国を
鹿児島の統治下にしました。

その際今帰仁城は薩摩藩に
支配され、首里城も占拠される
形となりましたが、

琉球藩として、琉球王国は、
日本に属することなく、
海外との交易を続けていました。

時は過ぎ1879年、日本は明治維新で
新政府が誕生し、廃藩置県という

今まで各都市を藩で納めていた政治を
全て撤廃し全国を一つの統治下に
する制度が生まれ、

それで琉球藩となっていた
琉球王国は強制的に
首里城を明け渡す事になり、

琉球処分という制度により、
琉球王国から沖縄県となりました。

戦争時代(19世紀~20世紀)

日本は日清戦争、日露戦争で
勝利を納めましたが、

第一次世界大戦後の日本は
戦後恐慌、震災恐慌
金融恐慌、昭和恐慌(世界恐慌)

で日本はズタズタになっていました。
その為、領土を広げたい日本は、

中国へ攻め込もうとしていました。
この時代が二・二六五・一五事件
でも有名な満州事変です。

しかし、その行動に
おやっ?と思ったのが、アメリカ、ソ連です。

日本ちょっと領土広げ過ぎじゃない?
ダメだよと思ったアメリカは

ABCD包囲網という貿易遮断の
経済政策を仕掛けてきました。

(※A:アメリカ,B:イギリス,C:中国,D:オランダ)

恐慌に重なる恐慌に遭っていた
日本は全く余裕がない状態で
あったので、

勝てるはずのない第二次世界大戦
の真珠湾攻撃へと繰り出します。

予想通りアメリカに惨敗し、
沖縄はアメリカの領土となってしまいました。

1972年、アメリカの統治下から
正式に日本復帰を果たしましたが、

未だに米軍の名残が見られる沖縄問題は
論じられていますよね。

このように、グスク時代から
現代沖縄までの歴史は流れてきたのです。

中田敦彦の日本史11 終戦から令和へ 超面白い動画です!↓↓↓

琉球王国のグスクおよび関連遺産群
9つの構成資産

1,今帰仁城跡(なきじんじょうあと)
拠点:国頭郡今帰仁村
築城:14世紀
城主:北山王

参考ホームページ
世界遺産・今帰仁城 英雄伝説の残る絶景 | たびらい沖縄

2,座喜味城跡(ざきみじょうあと)
拠点:沖縄県中頭郡読谷村
築城:14世紀
城主:護佐丸

参考ホームページ
世界遺産・座喜味城跡 移り変わる美しい景色を眺めよう | たびらい沖縄

3,勝連城跡(かつれんじょうあと)
拠点:沖縄県うるま市
築城:13世紀
城主:阿麻和利

参考ホームページ
「勝連城跡」世界遺産のグスクの楽しみ方 | たびらい沖縄

4,中城城跡(なかぐすくじょうあと)
拠点:沖縄県中頭郡北中城村
築城:14~15世紀
城主:護佐丸

参考ホームページ
「中城城跡」北中城村の風光明媚な世界遺産 | たびらい沖縄

5,首里城跡(しゅりじょうあと)
拠点:沖縄県那覇市
築城:13~14世紀
城主:尚巴志一派

参考ホームページ
「首里城」は周辺スポットを含めて楽しい!沖縄の城下町ぶらり旅| たびらい沖縄

6,園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)
拠点:沖縄県那覇市
建造:15世紀
建造者:西塘(にしとう)

参考ホームページ
園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん) | たびらい

7,玉陵(たまうどぅん)
拠点:沖縄県那覇市
建造:15世紀
建造者:尚真王
第二尚氏王統の歴代国王が眠る陵墓

参考ホームページ
世界遺産の玉陵(たまうどぅん)が、建造物として沖縄県初の国宝に正式指定

8,識名園(しきなえん)
拠点:沖縄県那覇市
造園:15~17世紀
造園者:尚穆~

参考ホームページ
「識名園」世界遺産の庭園を町歩き街ガイドと楽しく深く散策| たびらい

9,斎場御嶽(せーふぁうたき)
拠点:沖縄県南城市
沖縄創生の祖:アマミキヨ族

参考ホームページ
世界遺産・斎場御嶽 沖縄の“聖地”の正しい楽しみ方 | たびらい

9つの構成資産が世界遺産となった理由は、
国際交流、文化交流の発展や継承が見られる事、

先祖への崇拝が見られることが主として
登録されています。

世界遺産登録基準はコチラ↓↓↓

(i)建築、科学技術、記念碑、都市計画、景観設計の発展に重要な影響を与えた、ある期間にわたる価値観の交流又はある文化圏内での価値観の交流を示すものである。

(iii)現存するか消滅しているかにかかわらず、ある文化的伝統又は文明の存在を伝承する物証として無二の存在(少なくとも稀有な存在)である。

(vi)顕著な普遍的価値を有する出来事(行事)、生きた伝統、思想、信仰、芸術的作品、あるいは文学的作品と直接または実質的関連がある(この基準は他の基準とあわせて用いられることが望ましい)。

日本ユネスコ協会連盟ホームページ

まとめ

沖縄のグスク時代から現代沖縄も歴史を見て、

9つの構成資産が世界遺産登録された理由が
より分かったのではないでしょうか。

2019年10月31日に発生した首里城の火災
記憶に新しいですが、

当時の姿をまた見られることを
心より願っています。

ポイント

・琉球王国のグスクおよび関連遺産群
・沖縄の歴史(グスク時代~現代沖縄まで)
・9つの構成資産について

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