火垂るの墓ってどんな映画?太平洋戦争との関わりと人間の心理

日本を代表するジブリ作品の名作

「火垂るの墓」

どんな映画か知っていますか?

・戦争の映画
・なんかホタルのポスターの悲しい映画
・「何でホタルすぐ死んでしまうん?」の映画

こんな認識の人がいると思います。

火垂るの墓は、
1988年4月にとなりのトトロと同時上映された、
高畑勲監督の映画です。

第二次世界大戦がもたらした悲惨な物語を、

2人の少年少女からみることができる言わば
”歴史を知る”映画です。

そして火垂るの墓は単なる
戦争時の出来事を綴る映画ではなく、

戦争時の人間の心理というものを
教えてくれる映画だと感じます。

この記事では3つの事を知ることができます。

・火垂るの墓ってどんな映画
・太平洋戦争との関わり
・戦争時の人間の心理

今まで火垂るの墓を見て来なかった人はまず、

本編をご覧ください。

火垂るの墓フルムービー↓↓

火垂るの墓ってどんな映画?

出典 新潮社 1988

「昭和20年9月21日夜、僕は死んだ」

と衝撃のセリフから始まるこの映画

火垂るの墓は第二次世界大戦の時代に生きた

14歳の清太と4歳の節子のはかない生涯を
描いた作品となっています。

最終的には2人とも亡くなってしまうのが
この映画の切ないところです。

戦時の日本の姿を明瞭に想像できる、
数少ないアニメ映画ではないでしょうか。

そんな火垂るの墓から伝わるものがいくつかあります。

戦争の悲劇

火垂るの墓の舞台は神戸ですが、
実際に神戸に空襲があったのは

1945年3月16日です。

清太が死ぬ半年前の空襲です。

空から火種が落ちてくる光景は現代に住む私たちには
考えられない光景ですが、

過去に実際にあった事なのだと思いみると、
戦争は本当に恐ろしい出来事だと思います。

至る所に遺体が転がり、
学校などの大きな施設に多くの重傷者が

十分な治療を受けられずに待機している状態。
こんな風景が戦争の際は常だったのです。

戦争は何も産まない。

そう感じさせるには十分な映像が終始続くこの物語、

切ない気持ちになると共に、絶対に戦争は起こさない
という気持ちになる物語でもあるのではないでしょうか。

戦争時代を生き抜く過酷さと人間味

空襲が来たらウーーと警報が町中に鳴ると、
防空壕へ入り身を守らなければなりません。

寝ている時も、食事の時も。

そんな戦争時代を生き抜くのは
相当なストレスや負担が伴ったに違いありません。

そんな中の食糧飢饉、貧しい生活が続きます。

人間というのは、富がなくなると余裕がなくなり、
精神状態も不安定になります。

戦争はそういう富を
根こそぎ奪ってしまうものでした。

母を亡くし、
血の繋がりもない遠い親戚の小母(おば)さん
の所に住む事になった清太と節子でしたが、

その余裕の無い人が見せる人間味
苦しめられる事になります。

最初は優しかった小母(おば)さんも、
母を亡くし学校も空襲でなくなり、

何もしない清太に強くあたったり、
家に住まわしてやってる身でピアノを弾いたりするな!
などと理不尽な態度を取られる事になります。

確かに戦争の時代は働かざるもの食うべからずという
言葉が適切なのかもしれませんが、

どんなにたくましくても清太は14歳、節子は4歳です。

どうしたって子供です。

そんな2人に出ていけと言わんばかりに罵倒してしまう
大人の精神状態は、
戦争がもたらしたリアルな人間味なのです。

兄妹の絆

清太と節子の兄弟愛は見るものを虜にします。

火垂るの墓は野坂昭如(のさかあきゆき)が
原作として書き下ろした作品で、

戦争を実際に体験し、
妹を亡くしたストーリー実話を描いています。

その作品を高畑勲監督が色を加え、
ジブリ映画となったという事です。

劇中の清太の節子への優しさは
戦争時代にも関わらず、
類を見ない優しさを見せています。

どんな時も節子を想い、母を亡くした妹の為に

愛を注ぐ兄は
映画を見る全ての人が心を打たれたでしょう。

”火垂るの墓”を見た原作者の野坂氏は

「ぼくはあんなにやさしくはなかった」

言っており、清太の優しさは高畑監督が作り上げた
イメージだったのでしょうか。

太平洋戦争との関わり

1941年12月8日に日本は日米に宣戦布告をし、
太平洋戦争開戦となりました。

火垂るの墓の時代は、まさにこの時代です。

清太が死んだのが1945年9月21日

1945年8月15日
日本国民へ終戦の玉音放送が流れた事から、

清太は終戦の1ヶ月後に餓死で亡くなっています。

実際の太平洋戦争と密に繋がっている作品が
火垂るの墓なのです。

1945年 3月16日神戸空襲
1945年 8月6日広島原爆投下
1945年 8月10日ポツダム宣言受諾
1945年 8月15日玉音放送

物語は神戸空襲から始まり、

終戦後9月清太が三宮駅のホームで亡くなるまでの
6ヶ月間を描いています。

戦争時の人間の心理

出典 新潮社 1988

元米軍の人を殺す心理学者は、
自分はどこかおかしくなったのか、
と思うようなことが起きるのが戦場と述べています。

生死の現場では、知覚が歪んだり、
銃撃音が聞こえなくなったり、
視野が極端に狭くなったり、

通常では起こり得ないことが、
極度のストレスにより起こると言います。

戦争時の人間の心理は常におかしい状態と
定義することができるでしょう。

殺さなければ殺される。

そんな異常な精神状態に
陥った人間にしかわからない感覚なのです。

戦場に出ていない人間に関しても、
戦時中は多くの人が亡くなった為、

“死に慣れる”

という異常な感覚が宿った人も居たと言います。

火垂るの墓では、
その人間の異常な心理が如実に
再現されているのではないでしょうか。

清太の母が火傷で全身包帯巻きにされているにも
関わらず、周りの人間は見向きもしない。

死んでしまったら担架で乱雑に運び燃やす。
そんなことが当然の世界だったのです。

戦争は二度と起こすべきものではなく、
しかし、
今の平和が当然と思ってもいけない気がします。

そんなメッセージが
この映画には込められているのではないでしょうか。

まとめ

火垂るの墓について詳しく説明していきました。

戦争が描いた2人の物語、是非一度は見てみませんか。

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ポイント・火垂るの墓ってどんな映画
1.戦争の悲劇
2.戦争時代を生き抜く過酷さと人間味
3.兄妹の絆
を描いた映画

・太平洋戦争との関わり
実際の太平洋戦争と密接な関わり

・戦争時の人間の心理
常におかしい状態と元米軍は語る

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